エピソード 51

1

信長軍包囲

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1978年01月08日45m

永禄11年、堺の町は織田信長に2万貫の矢銭を要求されますが、堺の自治組織がこれを拒んだため、6万の軍勢に町を包囲されます。堺の豪商・今井宗久と千宗易は信長の力を見抜き、名器・松島の葉茶壺を献上して、町を救おうと画策します。そして、宗久に同行して壺を届けるため、五右衛門、善住坊、助左の3人が選ばれます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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スタッフ 0

演出: 監督は追加されていません。

脚本: 脚本家は追加されていません。

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2

岐路

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1978年01月15日45m

今井宗久は、飛脚番の五右衛門、鍛冶師の善住坊、納屋番の助左を引き連れて、織田軍の包囲を突破し、摂津・芥川城を目指します。宗久たち一行は、途中、今井の奉公人だった、しまの家に身を潜め、翌日、無事に信長と会います。名器の壺を献上する作戦は成功して、信長は堺が中立の立場でいることを条件に包囲を解きます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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3

羅針盤

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1978年01月22日45m

助左は信長へ献上品を運んだ功績で、望みどおり今井の交易船・琉球丸で働きます。信長は将軍・足利義昭を残して、突然、引き揚げます。それは、堺の会合衆が一枚岩でないため、阿波の三好と手を組むと読んだ信長は三好勢を誘い出し、会合衆に約束を破らせて堺を手中に収めるという罠でした。堺は信長の前に全面的に屈服します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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4

北征前夜

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1978年01月29日44m

天下統一をめざす織田信長と堺の経済力が手を結びました。今井宗久は鉄砲工場を造り、信長に協力します。宗久は息子・兼久に鉄砲5百丁を越前攻めの織田軍に届けるよう命じます。助左は、信長の鉄砲を使った近代戦術を見て胸を躍らせ、木下藤吉郎に会いたい一心で、織田軍に鉄砲を運ぶ荷駄(にだ)隊に加わります。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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5

総退却

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1978年02月05日44m

織田・徳川連合軍は朝倉軍を追い込みますが、信長の妹・お市の婿である浅井長政が寝返ったため、信長は腹背を囲まれ総退却を強いられます。その時、信長から鉄砲5百丁を請け負った今井の荷駄(にだ)隊が、浅井の陣中を突破して、殿(しんがり)を務める木下藤吉郎のもとに到着します。運んだのは助左や五右衞門でした。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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6

信長狙撃

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1978年02月12日44m

助左らは、藤吉郎が敗軍の殿(しんがり)を務める部隊と共に、命からがら京まで逃げ帰りました。それから、助左は堺に戻り五右衛門から驚くような話を聞かされます。それは、京から岐阜へ帰る途中の信長を暗殺しようと企て、しかも、助左の仲間である善住坊に信長への狙撃を命じている、という内容です。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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7

琉球丸難破

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1978年02月19日44m

善住坊が信長に銃口を向けた瞬間、助左が駆け寄り、善住坊を止めます。今井宗久は信長を狙ったのが兼久の差し金とわかると、五右衛門に善住坊の殺害を命じました。まもなく、琉球丸が琉球へ出航します。助左は、樽の中に善住坊を隠して逃がそうと考えていましたが、やがて、船は嵐に遭遇して難破してしまいます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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8

呂宋島漂着

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1978年02月26日43m

暴風雨で琉球丸が難破すると、助左はルソン島の北にあるバタン島に漂着し、善住坊と再会しますが、島のボコス族に捕まり、洞窟に連れていかれます。そこには、トンド族の王女・マリキットが捕らえられていました。やがて、五右衛門も捕まり、3人は洞窟で再会します。3人は王女を連れて、トンド族の島へ逃げます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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9

交易事始

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1978年03月05日44m

助左たちは、捕らえられたトンド族の王女・マリキットを救出したにも関わらず、日本人に恨みを持つトンド族の王に殺されそうになり、村を追い出されます。しかし、助左はこの島が夢にまで見たルソン島だと知り、ここで交易をして暮らす決心をします。王女・マリキットは次々と苦難が起きる3人のルソン生活を助けていきます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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10

南海の館

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1978年03月12日44m

ある日、助左たちはサメから少年を救ったためトンド族の王から家を贈られます。それは、王が心を許した証でした。そのやさき、南蛮船が現れます。この機会を逃したら日本には帰れません。助左は再訪を約束し、3人は帰国の途につきました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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11

珊瑚珠無情

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1978年03月19日44m

助左たちを乗せた南蛮船が堺の港に着きました。助左は善住坊を灯台守のお仙に預け、五右衛門と2人で今井宗久に会いに行きます。そして、宗久にルソンとの交易を提案しますが、番頭らの反対にあい、元の納屋番に戻されます。しかも、思いを寄せる美緒が宗久の息子・兼久の妻になったことを知り、がく然とします。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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12

叡山焼打

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1978年03月26日44m

助左は今井兼久の妻・美緒の命を受け、近江・坂本に陣を張る木下藤吉郎のもとへ、妻のねねを送り届けます。助左は、ねねを送ったその足で、善住坊をかくまってもらうため、善住坊の友人を訪ねて比叡(ひえい)山へ向かいます。元亀2年(1571)9月、助左は織田信長による比叡山焼き討ちに遭遇します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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13

戦国哀史

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1978年04月02日44m

堺では善住坊と助左が今井兼久に捕まります。美緒が2人を逃がそうとしますが、それを見つけた宗久は2人を許す代わりに伊勢長島へ行くよう命じます。信長が一向宗門徒を皆殺しにすることを知り、一向宗門徒で長島に住む宗久が愛する女・しまと娘の桔梗(ききょう)を救うためでした。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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14

信玄上洛

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1978年04月09日44m

信長と浅井・朝倉の戦いが本格的になると、甲斐の武田信玄は将軍・足利義昭が発した信長討伐令に応じて出陣します。武田の進軍で信長は挟み討ちとなり、窮地に追い込まれます。そのころ、助左は兼久によって、今井家の生野銀山へ追いやられていました。信長の窮地で混乱する中、助左は大量の銀を強奪する計画を知ります。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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15

九死一生

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1978年04月16日44m

生野銀山では、助左が強奪計画から今井の銀を守ります。そのころ、今井宗久は信長と運命を共にする決断をします。宗久は助左を伴い、船に軍事物資を満載して岐阜に向かいます。そんな時、信玄が急死。信長は窮地を脱します。助左は堺へ戻る船で、宗久に独立を願い出ます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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16

将軍追放

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1978年04月23日44m

武田信玄の急死で窮地を脱した織田信長は将軍・足利義昭を追放し、さらに、浅井長政と妹・お市がいる小谷城へ迫ります。小谷城を攻める木下藤吉郎の陣に荷を運ぶことが、助左にとって今井家での最後の仕事になりました。それは、宗久が助左を藤吉郎の家来にと考えてのことでしたが、助左はその申し出を断りました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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17

乱世独歩

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1978年04月30日44m

藤吉郎は出世して、羽柴秀吉と名を改めます。一方、今井から独立した助左は木綿を仕入れて商いを始めますが、なかなか売れません。それは、千宗易(利休)が木綿を安い値段で売っていたためでした。それを知った助左は直談判のため宗易に会いますが、逆に宗易から商売のコツを教わり、「木綿の火縄」を考えつきます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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18

新天地

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1978年05月07日44m

助左が「木綿の火縄」を秀吉のもとへ運ぶと、既に今井が作った火縄がありましたが、それでも、秀吉は買い取ります。助左は秀吉から琵琶湖での船荷運搬を勧められて、その代金で舟を手にいれます。ある日、助左は舟で秀吉の家臣・石田左吉(三成)を京へ送り、宣教師フロイスとキリシタンの高槻城主・高山右近に会います。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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19

安土築城

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1978年05月14日44m

長浜へ帰った助左は秀吉から南蛮品の買い付けを言われ、堺から明の瓦職人・一観が焼いた青瓦を長浜に持ち帰ります。助左は左吉の策のおかげで、秀吉から瓦の調達一切を任されます。そのころ、今井宗久は信長に安土城の建設を任されます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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20

聖母昇天

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1978年05月21日44m

助左が堺から持ち帰った青瓦が信長の目に留まり、天守閣の屋根瓦に決まりました。五右衛門は助左の代理で高槻の高山右近に青瓦を届ける役を買って出ます。そして、五右衛門は復活祭のため人々で賑わう高槻の教会でモニカに出会いますが、モニカは聖母のように昇天してしまいます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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21

善住坊処刑

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1978年05月28日44m

一向宗門徒に火薬の調達を頼まれ、善住坊が堺へ帰ってきました。助左が堺に戻ると、善住坊は兼久に捕まっていました。兼久は父・宗久に、善住坊を代官所へ引き渡すと脅します。それを知った美緒がひそかに逃がし、善住坊は助左と再会を果たします。喜んだのもつかの間、善住坊は捕えられ、のこぎり引きの刑になります。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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22

摂津動乱

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1978年06月04日44m

助左は高槻城主・高山右近から、青瓦と交換で五百石船を譲ると言われます。ところが、摂津守・荒木村重が謀反を起こしたため、側近の右近も信長の敵となってしまいます。信長はキリシタンの右近に、織田側につかなければ宣教師とキリシタン全員を殺すと迫ります。右近は助左に堺まで船の運搬を頼んだ後、信長に服従します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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23

西国進撃

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1978年06月11日44m

助左は高山右近の五百石船を堺の港へ無事に届けました。信長は死を覚悟で訪れた右近に、再び高槻城主として仕えることを命じて、毛利攻略の西国進撃を進めます。天正7年(1579)春、安土城が完成しました。助左は右近から五百石船(後の呂宋丸・るそんまる)を手に入れ、夢にまで見た交易船の船長になりました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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24

鳥取兵粮戦

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1978年06月18日44m

信長の西国進撃で、鳥取城の攻略を始めた秀吉は、助左に儲け話をします。鳥取城下から米を買いつけて若狭に運ぶ仕事です。それは、兵糧戦を有利にする作戦でした。そのころ、秀吉との戦に備える鳥取城に、毛利から吉川(きっかわ)経家が遣わされます。そこで、助左と出会ったのでした。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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25

飢餓地獄

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1978年06月25日44m

鳥取城は秀吉の2万の軍勢に包囲され兵糧攻めにあいます。傷を負い城内に留まる助左も木の甘皮で食いつなぎます。鳥取城は飢餓地獄に陥ります。降伏勧告を拒んだ経家も、ついに降伏して、切腹します。助左は九死に一生を得て、堺へ戻りました。そして、秀吉の援助を受け、「呂宋(るそん)丸」で南海を目指します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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26

プエルト・デル・ハポン

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1978年07月02日44m

助左と美緒が「呂宋(るそん)丸」でルソン島アゴーの浜に着くと、村はイスパニア兵に攻撃されていました。助左らの大活躍で兵が逃げ出したため、イスパニア人は浜を日本人の港と呼ぶようになりました。美緒は堺で売られた日本女性・しのに出会い、ルソンでの生活を決めます。助左はルソンの品物を積み、日本へ戻ります。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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27

信長死す

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1978年07月09日44m

「呂宋(ルソン)丸」が堺に戻る途中、岡山沖で嵐にあいました。助左は、飛脚船を助け、その船で毛利宛ての密書を手に入れます。そこには、信長が明智光秀に討たれたことが記されていました。助左は秀吉のもとへ密書を届けさせます。秀吉は、すぐに毛利と講和を結び、嵐を突いてひたすら東を目指して駆け抜けました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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28

安土炎上

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1978年07月16日44m

堺に戻った助左は宗久と共に主を失った安土城を見に行き、炎上する城の姿を目にします。宗久には、燃え上がる天守閣が天に舞い上がる信長に見えました。信長の時代が終わり、宗久の命運も尽きました。宗久は美緒のいるルソンへ向けて出航しますが、その船がルソンへ着くことはありませんでした。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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29

起死回生

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1978年07月23日44m

信長亡き後の織田家の家督は、秀吉が推す信長の嫡孫・三法師に決まりました。三法師が3才と幼いため、実権は秀吉が握ることになります。一方、助左は美緒を残してきたルソンへ出航する予定を立てていましたが、秀吉から信長の葬儀を手伝い、名を上げるよう言われます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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30

大坂築城

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1978年07月30日44m

助左は、今井兼久の妻である美緒の思いを知りながらもルソン島から連れ帰ります。今井に帰った美緒は、兼久が梢に産ませた子の母になる決心をします。秀吉は築城の資金を得るため、堺の商人を大坂に移して商いの町にしようとしますが、助左は堺に残ります。そのころ、五右衞門は盗賊の頭になり、街道筋に出没していました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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31

竜虎相撃つ

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1978年08月06日44m

助左の荷駄隊(にだたい)が進む街道に、盗賊が待ち伏せていました。盗賊の頭は五右衛門です。五右衛門は、助左が隊列を率いていると知ると襲撃を止めて、りりしい助左の姿に感心します。その助左は、堺の町でルソンの品を商う店を開きました。尾張では、西の秀吉と東の家康、竜虎相撃つ日が来ました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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32

納屋襲名

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1978年08月13日44m

助左は秀吉の陣で千宗易(利休)に再会します。宗易は、秀吉に屈服せず商売に徹する助左の姿に、堺商人の誇りと魂を見る思いをしました。後日、宗易は商人を捨てて大阪へ行くと言い、堺を守るように助左に頼んで、納屋の鍵と姓を譲ります。「納屋助左衛門」の誕生です。一方、今井兼久は宗薫と名を改めます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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33

海賊船

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1978年08月20日44m

助左衛門を乗せた呂宗(るそん)丸が堺に帰る途中、難破して海賊船に捕らえられます。助左衛門は海賊船で過ごすうちに、海で死んだ父の面影を甚兵衛に重ねます。しかし、甚兵衛は昔の記憶を失っていました。堺では、秀吉が美緒を見初めて、今井宗薫の女房と知りながら、召し上げるように石田三成に命じます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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34

大洪水

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1978年08月27日44m

助左衛門は無一文で堺に戻り、三十石船を借り、米の回船業を始めます。今井宗薫は秀吉に妻の美緒を召し出すように迫られたため、東国へ逃がそうとしますが、美緒は聞き入れません。ある日、豪雨が大坂の町を襲い、淀川堤は決壊寸前になります。助左衛門は積荷の米俵を土嚢(どのう)替わりに積み上げて、決壊を防ぎました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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35

陰謀

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1978年09月03日44m

助左衛門は手柄として秀吉から千石船を与えられました。店に戻ると五右衛門が現れ、秀吉に召し出されようとしていた美緒を救い連れて来ました。助左衛門は美緒をルソンへ逃がそうと利休に美緒を隠してもらいます。そして、船に美緒を乗せて出航します。しかし、秀吉はそのことを知っており、次の一手を打っていました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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36

伴天連追放

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1978年09月10日44m

美緒は秀吉に下船を命じられます。すると、美緒は自分に短銃を向けて抵抗したため、秀吉は渋々美緒のことをあきらめますが、それからまもなく堺の堀を埋めてしまいました。秀吉は九州制圧、朝鮮遠征を企てます。さらにキリシタン禁止令を発布したため、小西行長は表向きは信仰を捨てますが、高山右近は流刑を選びました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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37

反逆

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1978年09月17日44m

秀吉は朱印制度や海賊禁止令を推し進めて、自由な交易に介入してきたため、堺の商人たちは動揺します。助左衛門は自由な交易を望んで秀吉に抵抗したため、朱印状を発行してもらえず海賊船となり、水夫が集まりませんでした。しかし、五右衛門と手下たちが、この苦境を救ってくれました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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38

大勝負

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1978年09月24日44m

助左衛門はルソンから持ち帰った壺で、自由な交易を許さない秀吉との勝負にでました。助左衛門は千利休に壺の目利きを願い出て、ルソンの壺を名器に仕立てます。そのため、大名たちは競って買いあさりました。助左衛門は一夜で豪商になります。そして、堺の灯を守るために自由交易船団を結成します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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39

偽国使

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1978年10月01日44m

小西行長は国書を携えて、秀吉の使者として朝鮮に向かいました。その国書には、朝鮮国に日本への従属を迫り、貢物を差し出すように書かれていました。そこで助左衛門と行長は、国書を書き換えさせます。そして、朝鮮通信使(親善使節団)を国使と偽り、漢文を読めない秀吉に拝謁させました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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40

利休切腹

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1978年10月08日44m

千利休が大徳寺の山門に自分の木像を置いたことが、秀吉の怒りを買いました。利休の身に危険が迫っていると察した助左衛門は、利休をルソンへ逃がそうとして、舟で利休の屋敷まで迎えに行きますが、すでに石田三成と奉行所の兵に囲まれていました。それから14日後、利休は秀吉に命じられて切腹しました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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41

侵略者

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1978年10月15日44m

肥前・加津佐の港で、桔梗を連れ戻しに来た五右衛門の船が奇襲にあいました。堺では、助左衛門が、今井宗薫の息子・小太郎に襲われます。小太郎は、助左衛門が継母の美緒を奪ったと思い、恨んでいました。九州の名護屋では、秀吉が朝鮮出兵のため大軍を集めていました。石田三成は、外国侵略を嫌う助左衛門を訪ねます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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42

先陣争い

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1978年10月22日44m

秀吉が朝鮮出兵の号令を発すると、小西行長と加藤清正が一番乗りを競います。助左衛門も偽の国使の一件を隠すために、行長の一番乗りを画策します。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。番組中に一部、現在では不適切な表現が含まれておりますが、放送当時の社会、文化状況を伝えるという趣旨から、修正等を行わずにそのまま配信いたします。ご了承ください。

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43

朱印船襲撃

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1978年10月29日44m

助左衛門は、秀吉の次の狙いがルソン侵攻であることを知り、降伏を迫る国書をマニラ総督へ届ける朱印船を襲います。しかし、国書を持った原田喜右衛門が乗る船を取り逃がしてしまいます。助左衛門は秀吉に外国侵攻の無益さを直訴しますが、石田三成が取りなすかいもなく、秀吉の怒りにふれて捕われてしまいます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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44

呂宋遠征計画

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1978年11月05日42m

マニラ総督は秀吉のルソン遠征計画を知り、再び親書を携えた使節を日本に送りました。マニラの使節は、秀吉が、読めないスペイン語に苛立ち、親書を破る姿を見て、その異様さに驚きます。その後、側室・淀殿が秀頼を産み、秀吉に実子ができると、秀吉は養子である関白・秀次に切腹を命じます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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天変地異

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1978年11月12日44m

ルソンでは、助左衛門が桔梗に求婚します。一方、日本では大地震が起きました。また、嵐のためイスパニア軍艦が土佐沖に漂着すると、秀吉は乗船していた宣教師を処刑してしまいます。その後、その悲報が伝わるとイスパニア人は激怒して、助左衛門と桔梗の婚礼の前日に、ルソンの日本人町を襲撃しました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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五右衛門刑死

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1978年11月19日44m

秀吉が宣教師を処刑した影響で、桔梗がルソンで命を落としました。助左衛門は、秀吉の船を襲う計画を立てますが、秀吉の病で未遂に終わります。そんな時、五右衛門は助左衛門に別れを告げます。秀吉を許せない五右衛門は伏見城へ侵入しますが、秀吉の寝所を目前にして捕まり、釜ゆでの刑になりました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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助左衛門追放

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1978年11月26日44m

助左衛門は病床の秀吉を見舞いますが、追放を命じられます。しかし、石田三成の配慮でルソン追放となり、美緒が手配した今井の船で助左衛門の膨大な財産を運びます。助左衛門はマニラ郊外の町に着くと、ルソンに堺のような日本人町をつくる決意を語ります。すると、そこへ盗賊が襲ってきます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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暗黒航路

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1978年12月03日44m

慶長3年、秀吉が波乱万丈の生涯を閉じました。石田三成は秀吉の死を伏せて、助左衛門に赦免状を出します。大坂城を守っていた北政所に代わり、豊臣世継ぎの秀頼とその母・淀君が乗り込んできました。一方、細川ガラシャは堺を訪れて、小西行長らに三成の身に危険が迫っていることを伝えます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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激流

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1978年12月10日44m

助左衛門は石田三成から赦免状を受け取り、ルソンから帰国しました。さらに三成の協力で、埋められた堺の堀の再建に取りかかります。慶長4年春、堺で復活祭が催され、細川ガラシャがミサに訪れました。助左衛門と小西行長に、ガラシャの夫・細川忠興らが三成を襲撃すると打ち明けます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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関ヶ原

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1978年12月17日44m

徳川家康の陰謀で石田三成は窮地に追い込まれました。三成は細川ガラシャとの再会を心待ちにしていましたが、そこに来たのはガラシャの死を伝える一報でした。慶長5年、西軍の三成勢と東軍の家康勢が関ヶ原で対決しました。堺は敗走する西軍・島津軍を助けたため、家康の軍勢に町を包囲されてしまいます。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。

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堺炎上

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Season Finale
1978年12月24日44m

助左衛門は家康から堺の商人を江戸に移すよう命じられますが、ルソンに移そうと決めます。そして、堺の町に火を放ちルソンヘ船出しました。現存する番組テープの状態により、一部お見苦しい部分、お聞き苦しい部分があります。ご了承ください。番組中に一部、現在では不適切な表現が含まれておりますが、放送当時の社会、文化状況を伝えるという趣旨から、修正等を行わずにそのまま配信いたします。ご了承ください。

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