パラサイト 半地下の家族 (2019)

Written by Shintaro Muraseh on January 9, 2021

話題になった2019年に原語である韓国語(字幕なし)で観始めたが、さすがについていけず、脱落した作品。映画などはなるべく原語で観て、必要であれば字幕ありでみる主義なのだが、これは字幕がつけられなかったため、観れなかった。

今回は日本語吹き替えのバージョンしか手に入らなかったので、やむなくそちらを観た。とても面白かった。よくできていた。韓国の社会が少しだけ観れたような感じがした。お金持ちの家族の様相や考え方がいかにもそうで、半地下に住んでいた家族と対比して考えてみたら、いろいろと思うことがあった。

最後は半地下の家族の父親が殺人犯になって、家族がバラバラになってしまう。でも結局、この家族はどこで踏み外してしまったのかと考えてみる。初めにギウが大学を偽って家庭教師を始めたところか、あるいは家族が既にいた運転手や家政婦を追い出したところか… でも、この家族が完全に悪者だとも思えない。貧乏だが、一生懸命に生きていたごく普通の家族なのではないか?よりよい生活を夢見るのは当然のことだ。結局、原因は格差なのかもしれない。アメリカや韓国のように成功者とそうではない人の格差が大きいところが抱える特有の問題なのかもしれない。もちろん、この家族がしたことは正しいとは言えないが、このように大きな格差があるからこそ起きてしまうのかもしれない。

日本は義務教育があるだけ、格差が少ないように思うが、それが必ずしもいいとは限らないようにも思える。もちろん格差がないことはいいことでもある。犯罪やホームレスが少ない。だがみな同じ、すなわち飛び抜けた成功者がいない。だから、日本だけで育って世界に認められるようなビッグな成功者は少ない。韓国はこのように格差があるのかもしれないが、優秀な人はこれ以上ないほど高い教育を受けたりして、結果的には国に貢献しているのかもしれない。近い文化を持った二つの国だが、いろいろと違う。アメリカで留学している身だが、日本人なんてほとんどいない。韓国人はたくさんいる。海外でしか学べないことは基礎的な教育以外にも数え切れないほどある。よく、日本がある意味で出遅れていることに恐れを抱く。努力家の韓国人がこのままいったら、国内で平和ボケしている日本人なんていとも簡単に抜かれてしまうだろう。っていうか、ある意味でもう抜かれている。

考えれば考えるほど難しい問題だ。 もちろん、これはまだ世間知らずの高校生の考えにすぎないのだが…